私たちは初めから、こうなることを望んでいたのかもしれなかった。
 そんなバカな考えが頭をよぎる。

 ボスのスーツケースを物色するとエロ本が入っていた。
 SMのマニアックなもので、こういうカテゴリーのものは読んだことがなかったから感心して見入ってしまった。
 ボンテージに欲情はしなかった(痛そう、という感情のほうが強かった)けれど、そういうことをしている写真を見ていると、自然と勃起してくるものだった。

 頭がおかしくなっていると思った。
 もう、疲れていた。国際警察の対応とか団員への説明とか雑務を一人でこなす羽目になったのもすべてボスのせいだと思った。
 彼の真意が知りたかった。底の見えない彼の内面を知りたいと思っていた。
 綺麗ごとを並べる理由。
 深く暗い虚空の先にあるもの。
 それが見たかった。
 でもこの人は大きなことを謳っていたくせに、本当は自分の苦しみから、ただ逃げているだけだった。

(なんだそれ……)

 肩すかしもいいところだった。
 研究に熱心だったボスの体調を心配し、いろいろと気にかけていたのに、ボスは自分のこと以外考えていなかった。

(だったら初めから、一人でやってくれればよかったのに)

 連れてきた三人の研究員たちはボスを囲んで作戦会議をしている。
 腕をしばり、口をふさぐか目をふさぐか話し合い、結局ボスの持っていたエロ本を参考に目の部分をネクタイで覆った。

「眠っている顔は、少しかわいいかな、うん、かわいいですよね」

 一人がそう話しかけてきたので鼻で笑った。
 本当に、研究員ってなんでみんな変態で気持ち悪いんだろう。
 薬で眠らされているボスの顔を見ても、ただ、わずかに殺意がわくだけだった。

「こういうの、すごく興奮する」

 そう言う研究員たちは笑いながらボスの服を脱がし始めた。
 ボスの露わにされた肌を見ると勃起していたチンコも急速に萎えていった。
 やることが特になかったから、ソファーに座ってタバコを吸った。
 研究員がボスの腕に注射を打つと、その痛みでボスがわずかに身じろいだ。
 いっしゅん心臓が高鳴ったけど、すぐに浮かした腰をソファーにかけ直し、深く煙を吸って自分を落ち着かせた。

「その薬、癖になるのか?」
「量によります。使いますか? サターンさまも使いましょうよ」
「いいよ、別に」
「気持ち悪いんでしょう? 使った方がいいですよ。サターンさまかわいいし、せっかくだし、うん」

 フフフと笑う研究員の見透かしたような態度が面白くなかった。

「注射じゃなくてもいいんですよ。あぶって使ってください」

 アルミホイルの小さな包みは蛍光灯の光を反射して輝いていた。
 ひらいてみるとストローの切れ端の中に白い粉薬が入っていた。
 本当に、少しだった。

(こんなんで効くのか……)

 疑問に思ったけどこのくらいの量だったら本当に癖にならなそうだったし、「疲れもとれますよ」という言葉につられて吸った。
 ミントガムを噛んだみたいに鼻の奥がスーっとした。
 体の芯から冷えていくような感じがした。
 研究員は一部始終を満足そうに見ていた。

 しかし、男が男の足を抱えている光景を見ても全く興奮しない。
 でも研究員たちは楽しそうだった。
 人体実験をしている気分なのかもしれない。

「ほら見て下さいよ、サターンさま」
「なに」
「アカギさま勃起してますよ」

 研究員がボスのチンコをこすっていた。
 軽くしごいただけなのにチンコはあっさりと硬度を増して張りあがっていく。
 気持ちいいのだろうか、ボスは身じろぐと短く鼻にかかった声をあげた。

「ぅん……だって」
「気持ちいいんだね。カウパーがすごく出てる」

 先端を指でこすり、先走った粘液を全体に塗り広げていく。
 瓶に入った白いクリームを研究員はボスの尻の穴に塗り始めた。
 率先してやっているのはこの中で一番若い男で、普段はオカマっぽくなよなよしているのに、今日は興奮しているのかボスの足なんかも軽々しく持ち上げている。

「ぼく、こういうの久しぶりだからちゃんとできるかなあ」

 そう言いながら中指をボスの尻の穴に突き立てた。
 ボスの体は強張ってはいるが、指は思いのほかスムーズに出入りをしている。
 ボスのチンコは刺激を与えなければ萎えていったが、再びしごけばすぐに硬さを取り戻していた。
 ボスの呼吸がだんだんと荒くなってきている。
 そろそろ目を覚ますかもしれない。
 オカマが自身のチンコを取り出し、勃起しているそれに手早くコンドームをつけてゴムの上から白いクリームを塗った。

「手ぇ、おさえててください」
「おう」

 ボスの両手は枕に押し付けられる形になり、その光景に息をのんだ。
 オカマがボスの足を持ち上げて中指を入れたときと同じようにチンコを突き刺した。
 私と同じように、息をのむような悲鳴を、ボスがあげた。
 ネクタイの隙間からはボロボロと涙が零れていた。

(かわいそう……)

 その時初めてボスに同情の念がわいた。

「あああ……いたっ……なっ」
「ごめんなさいボス。痛いですよね。でも、すぐに慣れますから」
「なっん……ひっ」

 ぐっさりと刺さったチンコが苦しいのだろう。
 ボスは声もまともにあげられないうちにオカマは射精した。
 作業的な一連の行為に吐き気さえ憶えていたのに、ボスのチンコは勃起したまま、その硬度を保っていた。

「……気持ちいいのかな」
 呟くと恍惚とした表情のオカマが「気持ちいいですよ。ボスの中、すごくきつくてすぐイッちゃいました」とトンチンカンなことを言った。

「お前じゃなくてボスだよ」
「ああ。ボス。サターンさまが気持ちいいんですかって」

 脇にいた一人がボスの頭を持ち上げて自分の膝にのせた。
 ボスの顔は涙でぬれている。
 肩で息をしている様子は、快楽を求めているようでもそうじゃないようでもあった。

「きっと、ボスも気持ちいいんですよ」

 私に薬を渡してきた一人が笑顔でそう言い切った。

「……ふうん」
「サターンさまも、薬効いてきたんじゃないですか?」
「男のを見たって勃たないよ」
「ちゃんと刺激しないとダメですよ。ボスみたいに」

 研究員がボスのチンコをしごくと、ボスは耐えるような嬌声をあげた。
 握ると先端がわずかにひくついていた。

「ね?」

 研究員は笑った。
 頭がおかしいと思ったが、心臓の鼓動が早まって呼吸が乱れるのを感じた。

「興奮してきました?」

 わざと羞恥を煽られているようで面白くなかった。
 でも、本当は自分も興奮していた。

「当てられただけだ」
「せっかくですからボスに舐めてもらったらいいですよ」

 研究員はボスの髪をつかんで無理やり顔を持ち上げた。
 痛そうでかわいそうだったから、イヤだったけど研究員と場所をかわった。
 熱をもっているであろう頭皮をなでてあげるとボスの表情が少しやわらいだ。
 それを見て安心している自分がいた。
 男の腕が後ろから伸びてきて、私のズボンのチャックを器用に押し下げた。

「私に触るな」
「いいじゃないですか」
「サターンさまも、もっと楽しみましょうよ」
「そうですよ。せっかくですし」

 三人の目がギラギラしていて気持ち悪かった。
 研究員はトランクスから勃起したチンコを取り出すと満足したように私から離れた。
 試されているような感じがした。
 ボスの口元にチンコをはこぶと、初めボスは拒絶するように顔を振ったが、それが私のものであるとわかると素直に口に含んだ。

「気持ちいいですか? サターンさま」
「……そんなにだな」

 研究員はさっきと同じようにボスの足を抱えた。
 ボスの顔が苦悶に満ちるとチンコが萎えた。
 体勢をかえてうつぶせになったボスは犬みたいだった。
 さっきイッたばかりの若い研究員がボスの口にチンコを含ませてしゃぶらせていた。

「サターンさま」

 研究員が私のすぐ後ろに座った。

「ボスって、サターンさまのことが好きですよね」

 首元に息があたる。
 何を言っているのか、意味がわからなかった。
 え? と振り向いて聞き返すと研究員の顔がすぐ近くにあった。

「ねえ、訊いてみて」

 研究員は私の顔越しにオカマに向けてそう言った。
 オカマはあり得るわけないのに、「サターンさまのこと好き?」と訊いて彼の口からチンコを抜いた。
 ボスはうんともすんとも言わず、ただ苦しそうに呻いている。
 ボスに突っ込んでいた男が射精したのだ。
 私のすぐ後ろで研究員が満足そうに笑っていた。
 それが気持ち悪くて立ち上がると、ボスに突っ込んでいた男が私の手を引いて引き寄せた。

「入れてあげて下さいよ」

 息の荒いボスを見下ろしながら、ボスが女だったらなあ、と冷静に思った。
 あと、研究員たちも全員女だったらよかった。

「ムリだよ」
「どうして?」
「勃たない」
「大丈夫ですよ、こう、こすりつけているといいですよ」

 腰を押され、粘膜と粘膜がぶつかってボスが声をあげた。
 もうどうにでもなれ、と思った。
 コンドームをつけて、チンコをうずめた。
 心臓がバカみたいに早かった。
 目をつぶって、ただ自分の快楽にだけ集中した。

「ボスのも、触ってあげなきゃ」

 研究員の呟くような声を真に受け、ボスのに触れるとひときわ大きな嬌声が上がって、刺さっていたチンコがちぎられそうになった。
 手のひらを見ると白濁した粘液で濡れていた。
 研究員が笑う。

――ボス、気持ちよかったんですね。

 ボスのがひくひくと締め付けてきて、それに合わせて射精していた。

――やっぱりサターンさまのがいいんだ。

 研究員の言葉に、下半身がうずいた。
 ボスの半開きの口からは甘ったるい声が漏れ続けている。

 かれ、世界を変えようって、本気で言ってた。
 あらそいのない世界を作るって。
 こどもみたいだと思っていた。
 かれの夢。
 こころのないせかい。
 ああ、わたしは、このひとがすきだった。

 目茶目茶に腰を打ち付けるとボスはまたぼろぼろと涙を零し始めた。
 ネクタイがずれて、涙ににじんだ青い瞳が、私に向かって懇願していた。

(殺してくれ)

 そう聞こえた。
 もう私の上司でもなんでもないくせに、なんて都合の良い人だろう。
 射精と共に訪れた虚しさで、私まで泣いてしまいそうだった。