ボスからチンコを抜いて、弾んだ息を整えようと大きく空気を吸った瞬間、ベッドの上をつむじ風が走った。
 と、思ったら私はボスに利き腕を後ろでひねりあげられていた。
 呆然とする思考回路が、関節の痛みによって冷めていく。

「いたたた……ギブ、ギブ、です」
「黙れサターン。総指揮はお前だろう」
「いや、ちがっ……痛いいたい」

 首に氷が当てられたのかと思ったが、どこに隠していたのかそれは首の幅と同じくらいの長さをしたナイフだった。
 思わず息を飲んだ。血の気が引いていくのを背中で感じた。
 研究員たちも驚き、よろめきながら私たちから離れていった。

「さあ、お前たち全員手を上げて後ろを向け。早くしろ、さもなければサターンの首を今この場でかっ切るぞ」

 ボスに睨まれ、研究員たちはお互いにどうすればいいか目くばせをしていた。
 耳元でボスが鼻で笑った。

「サターン、君はよほど人望がないんだね」

 冷たい金属の感触が首元でわずかに動く。

「お前たち早くしろよ、ボスの言うことを聞け」

 研究員たちは決まり悪そうに後ろを向いて手を上げた。
 下半身裸の男たちが、尻をむき出しにして突っ立っている。

「そのままゆっくり膝をつけ。そうしたらそのまま床に腹ばいになるんだ」

 研究員たちがその様にするのを見届けると、ボスは私を拘束したままスーツケースの底から黒いテープを取り出した。
 まず私を、そしてそれから研究員たちを手慣れた手つきで縛り上げた。
 四人終わるまで一分もかからなかったと思う。
 頭を床に押し付けているせいでボスが何をしているのかわからずに、ただただ恐ろしかった。

「ボス一つだけ、研究員の端くれとしての質問をいいですか?」
「くだらない話だったら殺すぞ」
「あの量の薬がこの短時間で抜けるとは思えないのですが……」
「ふん。耐性があった。それだけの話だ」
「しかしあれは新薬で……」

 どん、という鈍い音がして、喉を潰された鳥のような悲鳴があがった。
 どうやら強く踏みつけられたようで、研究員は痛々しく咳き込んでいる。

「お前たちは勘違いをしているらしい。いつから私は、貴様らの友達になったんだ? 君たちの遊びに付き合ってやる義理も優しさも私は持ち合わせていないんだがね。だが君たちがこういったプレイに興味があるとは知らなかった。なんだったら私が直々に手ほどきをしてやろう。ちょうど注射針が転がっていることだし、それを玩具にする、というのが良いだろうね、中々ハードな内容になりそうだよ。久しぶりに腕が鳴るね」

 耳を疑うような内容だった。
 加えてボスが饒舌な時は大抵が怒っているときだから、これは本当に、まずいことになってしまった。
 研究員たちを恨んだ。
 なぜ注射針なんか持ってきたのか。
 なぜもっといい薬を持ってこなかったのか。

「ぼ、ボス、ごごごごめんなさい」
「何を謝っているのだね? 言ってみなさい」
「あの、ボスが居なくなってしまって本当に我々心配で……悲しくて……」

 研究員の一人が本気で許しを乞い始めた。
 体の震えが床から伝わってくるようだった。
 ボスは、静かに笑った。

「まあ君たちが勘違いしてしまったのは私にも多少責任があるだろうからね、二度とそんな気持ちが起こらないようにしてやろう……」

 ゆっくりと、ね。
 私も研究員たちも、きっと同じ気持ちだったと思う。私たちは負けた。こうして床に這いつくばって縛り上げられ、もういろいろなことに敗北していた。目の前が、真っ暗になった。


前回が鬱過ぎたのでフォローしてみた。