お嫁にしなさい


 ピンポーン。
 家中に鳴り響くインターフォンの音に眉をひそめた。ベッドの頭上にある時計を手に取ると午前七時。こんな時間に、一体誰だろうか。
「にゃにゃにゃ」
 声のほうを見ると、何故かマニューラがボールから出ていて私の布団を引いていた。手で追い払うように玄関を指さすと、マニューラは了解したように頷き玄関へと走って行った。未だ覚めきらない頭を枕にうずめ再び自分の熱にまどろんでいると、何やら無骨な大勢の足音がこちらに向かって響いてきた。
「おはようございまーす! カイリキー引越しサービスです」
 血の気が引いた。
 朝早くに訪れる来客なんてどうせ知人だろうと高を括っていたのに。マニューラは一体誰を家に入れてくれたのだろう。
 恐る恐る寝室の扉を開けると、ピンク色の髪をした少女が腕っ節のありそうなポケモンを引き連れて部屋にあがりこんでいた。見間違いかと思って目をこすったが、作業服を着てポケモンたちに指示を出しているのはトバリシティのジムリーダー、スモモだった。少女の指示によって、リビングはあっという間にダンボールだらけになった。働きぶりだけを見ればうちの社員なんかよりもよっぽど優秀そうだったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「あの、部屋を間違えてはいませんか?」
「いえ、合ってます。アカギさまのお部屋に、ヒカリさまのお荷物を運ぶようユキワラシチャペルの方から言われて来ました」
「ユキワラシチャペル……」
「斡旋してもらってるんです。ジムの仕事だけだと生活が大変なので、引越し屋も始めたんです。ちなみにこの後、アカギさまをチャペルまでお送りするようにも言われていますから、さっさと顔洗って歯をみがいて着替えてくださいね。私達はここでお待ちしていますから」
 少女がそう言うと、一仕事終えた引越し屋の社員達はリビングのイスに腰かけ各々リラックスし始めた。マニューラは「全くなんて良いことをしたのだろう!」とでも言いたげに私の左足にまとわりついている。もちろん私が、彼を蹴っ飛ばして寝室のドアを乱暴に閉めてやったことについては、言うまでもないだろう。

(……リーグ関係者、か)
 身支度を整えて少女とそのポケモンたちと共に家を出た。マンションの目の前に「カイリキー引越しサービス」と書かれた小汚い軽トラが止まっている。どうやら、これに乗って来たらしい。ところどころボディが凹んでいるのが少し気になる。
「君、運転は大丈夫なのかね」
「大丈夫です、もう慣れましたから」
 少女は笑って、車に乗り込んだ。もう、というのはどういうことなのだろう。若干の不安を抱えたまま、少女に続いて助手席に乗り込んだ。小汚いボディにお似合いのエンジン音。ガタガタと大きく上下する車体。一言でも喋れば舌を噛んでしまいそうだった。
「じゃあ、行きますね」
 凝り固まったアクセルを一際大きくふかし、車はユキワラシチャペルへと動き出した。ボディに比べてよく手入れされていることがうかがえるフロントガラスに、朝日が反射して眩しい。

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10/05/30