綺麗ですね、という少女の声で暗い目蓋の裏にひらけた天体には、留まることを知らぬ星たちが、輝く雨のように降り注いでいた。
降り注ぐ星は星屑というにはあまりにも巨大なものもある。
幾度となく目の前に迫ってくるその存在感は、身の危険を感じるほどの迫力だが、どこか映画のスクリーンの前にいるような感覚があって、不思議と私たちが負傷することはないという確信があった。
鈍い赤地のコート。白いニット帽にマフラー。ニット帽のボールをデザインしたのであろう正面の模様、コートのボタン、ブーツを染めるは桃色。長い黒髪。
たしか彼女はテンガン山で言葉を交わした少女だ。
それが当たり前のようにそこにいることに違和感と安堵を覚えながら二人少し湿った草原を背に、私はああと、同意をしめす。
虫一匹哭かぬ暗闇に光の落下音だけが遠く近くこだまする。
そこは丘なのか、草露に濡れた踵を足の平で踏んだ空がわずかに引っぱってくる。
私は隣で星の五月雨に見入る少女と夫婦で、空が雲のドームに閉ざされる日は寝床で本を。開かれる日はこうして星の地図を広げてから眠りにつくらしい。
毎夜どちらにせよ、私の口が彼女の眉間を私そっくりに歪め、そして緩ませているのを知っている。
だが今日は歪むことも緩むこともないかもしれない。
私の話を先読みすることのない少女の横顔と細い月のような瞳は無常な透明感が満ちていて、走る星影たちにそのままとけてしまうのではないかと思う。
私は宙(そら)を次々と夜這う星に毎夜の歪ませ役をすっかり奪われてしまった。
「君のことだ。願いのひとつやふたつ請うのかと思っていた」
「……流れ星ってどこまでいくんですか」
いつも穏やかな不思議に身を委ね私の言葉を待ち遠しく見つめる瞳も唇も、ニット帽とマフラーの間で宙にとけたまま。
「流星は、星の質量で歪んだ時空に引き付けられた宇宙塵が、大気との摩擦で発光したものだ。地上に落ちないものは消滅する」
それは足早すぎる輝きの終わり。
私の質量でも無垢な彼女を歪ませるには十分だったのだろうか。
いつもの感嘆も疑問もなく、宙を沈黙が纏う。
情をなくしたはずの私の中を渦巻く勝手な罪悪。行き場をなくした焦燥と苛立ち。
それに堪えきれず、いつしか彼女からそれていた目線を戻すと、きょとんとこちらを見つめる双眼とぶつかった。
「あれって宇宙人なんですか? 光るほど大気と摩擦するなんて熱くないんでしょうか……って、どうしたんですか?」
ウチュウジンやタイキトノマサツという言葉にとらわれて最後を聞いていなかったのだろうが。
自ら次々と宇宙に身を投げ出し、挙句熱さに悶えながら地平線の彼方に消えていく、身体に対し巨大な頭部と眼をもったぬるりつるりとした所謂宇宙人たち。
宇宙人と言えば我々のことも含まれるのだが、恐らく彼女の脳裏をよぎったであろう彼らの滑稽な姿を想像してしまい、私は誰もいない草むらのほうに顔をうつ伏せ、身を震わせた。
嗚呼、そうだ。
「あの、大丈夫で……あ……!」
歪んだのは私のほうだった。
私を案じる言葉を遮った感嘆に面を上げ宙を仰ぐと、流れる星たちは止み、それに隠れていた星たちが光の地図を開いている。
地球の回転の動きのみに身を任せた地図をほっと見つめる横顔に今度は何を話そう。
しかし、考えようと目蓋を閉じ、開いた先にあったのは星空ではなく、登り始めた太陽が窓を通って頼りなさげに照らした無機質な天井だった。
もう一度目を閉じて開いてみるが、天井に貼り付いた味気ない電灯はあの輝きに化けてはくれない。
湿った草の感触など微塵もあるはずのない、さらりとした清潔感のあるベッド。起こす上半身は気だるい。
本が積まれたデスクには、部屋の朝焼けの影にとけた紫色の完璧なボールがひとつ、無造作に転がるだけだった。
END
lantern-tonesのうとさんから頂きました!二人の穏やかな様子はまさに「夫婦」。しかもボス→ヒカリという、拙宅では見られないシチュエーションに感動…!こんな素敵な小説をいただけて、私は幸せ者です。うとさん、ありがとうございました。
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