まえから思ってたけど、小太郎って、よくわからない。
オロチに協力してたかと思えば、とつぜん城をのっとったり。
いったい何考えてんだろ。
「それとも、あたしが分かり易すぎるだけなのかなあ?」
お茶をいれながら、誰にでもなく呟いてみる。
自分でもそう思うし、小太郎なんかはあたしの考えてることすぐに当てちゃうんだよね。
忍のしごとってよくわかんないけど、ああじゃなきゃやってらんないのかなあ。
そんな風にもの思いにふけっていたら、視界のすみを見慣れた桃色がよこぎった。
くのいちを呼びとめようと意味もなく大きく手を振ってしまう。
「くのいちー」
「あ。甲斐ちーん」
声をかけると、向こうも喜んであたしの名前を呼びながら近づいてくるんだけど。
その足取りが妙に軽い。
「ねえアンタ。なんか良いことあったでしょ」
「えー。わかるぅ?」
「わかるわよ。で。何があったの?」
くのいちは口元に両手をあて満面の笑みを隠しながら今さっきおきた事の成り行きを話し始めた。
話を要約すると、
さっき幸村さまに紐の編み方を教えていたら、顔が目と鼻のさきにまで接近した、という。
「眼福、眼福! はあー幸村さま、かっこよかった」
ものすごく幸せそうで、嫉妬する気にもならなかった。
「……あんた見てると、忍だから分かりづらいってわけじゃない気がするわ」
「なんの話?」
「小太郎の話」
「あーそういえば小太郎の旦那帰ってきたんでしょ? よかったじゃないっすか」
「よかないわよ。好き勝手しすぎじゃない? 何考えてんのか、ぜんっぜんわかんない」
「んー、小太郎の旦那の考えてることねえ」
くのいちが向かい側に座ったのでお茶を差し出しながら、あたしは自分の考えを力説する。
「だからさあ、あいつ今までずっとオロチのところにいたのに、急に帰ってきたじゃない」
するとぶらぶら歩いてきた馬岱さんがあたしとくのいちの間に入ってくる。
「お嬢さんがた、お茶飲んでるの?」
「あ、馬岱の旦那もいかがっすか」
「いやーちょうど咽が乾いてたんだ。いただくよ」
「そりゃあ忍だから、わかりやすすぎるのってよくないと思うんだけど。でもあれはちょっと異常よ」
馬岱さんにもお茶を出しながら、あたしはふたりの同意を得ようと机に身を乗り出した。
すると今度はあやねさんがくのいちの背後をとるように現れた。
「アラ、皆さんおそろいでどうかしたの」
「あやねさんもお茶しましょうよ。お疲れっしょ」
あたしはあやねさんが座るであろうあたしとくのいちの間の席――馬岱さんの向かい側――にお茶を置いた。
その間も喋ることは止めなかったから、あやねさんはよっぽど深刻な話をしているに違いないと思ったのだろう。
「御館様もアイツの考えてることはわかんねえとかって言いながら、その実小太郎のことは信頼してるし、あたしはそういうところからしてよくわかんないの」
お茶を口にしながら、あやねさんが首を傾げた。
「ところでなんの話をしているのかしら」
くのいちは、よくぞ訊いてくれました、と言わんばかりの笑顔であやねさんに言った。
「恋バナっす!」
あたしは椅子から転げ落ちた……。
「ちょっと。誰が誰に恋してるって……?」
「あら、そう。あなた小太郎さんのことが好きだったのね」
「好き!?」
違うの? という目であやねさんがあたしを見てくる。
違わない……
違わないけど、でも小太郎は家族みたいな存在っていうか、
どちらかといえば同じ北条家に仕えている身として放っておけない存在の、なかま。
「そう、仲間よ。仲間。けっして、ぜったいにまちがっても恋なんかじゃないわよ。わかった?」
「あはは。そんなに否定しなくても、ちゃんとわかってるよー」
わかっていると言いつつも、三人ともへらへら笑っているので本当にわかってるのかどうか怪しい。
「まあ彼って、ちょっと異形だものね。気持ちがわからなくても仕方ないわよ」
「案外彼も孤独なのかもねー。人間より、妖魔の仲間って言われたほうが見た目てきにしっくりくるもん」
馬岱さんとあやねさんの意見には思わず口をつぐんでしまった。
そう言われると、確かにそうなのだ。
あたしなんかはもう慣れちゃってるけど、反乱軍のひとの中にだって小太郎を怖れているひとも多い。
アイツでも孤独を感じることなんて、あるのかなあ……。
「仲間っていうなら、同じような姿になってあげるのがいいんじゃないかな?」
「あら。それはおもしろそうね」
「そうっす。馬岱の旦那、冴えてるっす」
「……同じような姿って。なによ、なにする気よ?」
三人は楽しそうに、あたしに視線を向けた。
「まずは髪型ね」
「それと、化粧も必要だよー」
「アタシ紫色の紅持ってくるね!」
「じゃあ私が髪の毛結ってあげるわ」
そう言う三人の声は弾んでいてこの上なく楽しそう。
くのいちと馬岱さんはともかく、あやねさんまで妙に乗り気で、嬉々として私の後ろにまわって髪の毛を編み出した。
断りきれずにいるとくのいちが化粧壺を机の上におき、馬岱さんが小筆をだしてあたしの手に握らせた。
――手を握られて不覚にもドキッとしてしまったのは内緒だ。
三人の期待に満ちた目が刺さって痛い。
「ねえ。化粧はいらないんじゃない?」
「ダメだよお。それがなくちゃ同じ姿にならないじゃんッ」
「そうそう。むしろそれが一番重要だよねー?」
「あなた小太郎さんの気持ちわかりたいんでしょ?」
「そりゃそうだけどさあ……」
ちらりと見ると、馬岱さんがにこにこしながらわたしを眺めていた。
「髪型が変わるだけでけっこう雰囲気かわるんだね」
あたしは、覚悟を決めて筆をとった。
鏡を見ながら真剣に線をひいていくんだけど、手がみょうに震えて、線ががたがたになってしまう。
なにこれ難しい……化粧筆を使い慣れていないのがバレバレだ。
鏡越しに、あやねさんが眉をひそめているのが見える。
「あなた普段どうやってお化粧してるの?」
「筆って苦手だから、ぜんぶ指でひいてる……」
「そっちの方が器用だと思うけど」
そしてこういう、会いたくないなって思っている時にかぎって必ずアイツはあたしの元にやってくる。
「うぬら……何をしている」
ギクリ。
そんな音が聞えた気がした。
「あら、小太郎さん」
あやねさんがいつもの調子でこたえた。
「見てわかるでしょ。変装よ」
「…………」
小太郎の視線が刺さって痛い。
本気であたしたちが何をしているのか、そしてそれがどういう意味をもってしているのかがわかっていないみたいだった。
「我の変装をか?」
あたしに聞かないでほしい。
「してどうする」
「この子、あなたの気持ちが知りたいんですって」
「ちょ! あやねさんッ」
「あなたが孤独なんじゃないかって考えてるのよ。あなたの仲間になりたいんですって」
かみ殺せていない笑いが後ろから聞こえてくる。
くのいちが、「でもちょっと化粧がへただね」と余計なことを言う。
やっぱり忍びって、皆よくわからないし、皆いじわるで性格わるいんだと思う。
「……ハア」
小太郎はため息をつくとわたしから筆をとりあげた。
怒るかなって思ったけど、あたしの顔を覗きこんで、「我はこんな顔はしていないぞ……」と言う。
「う、うるさいわね……上手くひけないのよ」
「クク……どれ、我がやってやろう」
小太郎の顔が目前にせまる。
顎をくいってあげるちょっと不埒なのがくると思って身構えたんだけど、予想に反して、小太郎のでかい手はガシッとあたしの顎を鷲掴みにした。
籠手が微妙にあたっているし、握力も相当あってかなり痛い。
「いはいっつーの!」
「五月蝿い」
「あんは、やっはりひょっとおほってるでひょ?」
「クク……何を言っているのやら。わからんな」
あたしがいくら暴れても、小太郎の手は決して離れなかった。
そしてそんなことお構いなしに、あたしの顔に筆を走らせる。
けっきょく、髪型や化粧をまねてみたところで、小太郎の気持ちがわかるはずもなかった。
わかったのはどんなにあたしが暴れても化粧できるくらい器用だったということ。
END(2012/08/04)
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