小指坂 細かい電流が血管の中を流れている感覚が遠のくと同時に、指先の感覚がなくなって、それがじりじりと体の中心に寄せるので、張遼は我に返って雪が積もりつつある地面から顔をあげた。自然と目の前にいた曹操と目が合った。曹操の撫でまわすような視線を受け、背筋に悪寒が走る。今さら死ぬことが怖いのだろうか? 張遼は自身に問う。刺すように冷たい空気を鼻から吸い、肺いっぱいに満たし、口から吐きだすと顔の周りに湯気がたった。生きていた。まだ、自分は生きていて、それで後数刻で死ぬ。 「俺を使え、曹操」 呂布は、曹操が己を見下げていることにも気がつかないらしい。元々周りのことが目に入らなくなる性質の人間だったから仕方がないのかもしれないが、それでも、戦場においては頼れる存在だったのだ。彼が咆哮のように声をあげれば敵兵は足をすくませ、出陣していけばたちまち蜘蛛の子を散らすように、彼の前には誰もいなくなった。昔呂布の騎兵として国境付近の睨み合いを鎮圧しにいったときのことを、張遼は今でも鮮明に思い出せた。例えば自分が案山子のようにあの戦場で棒立ちになっていたとしても、自分が死ぬことはなかったと思う。あの戦場も今日の下ヒのように雪が降っていて寒さの厳しい場所だった。悠々と凱旋しながら、早く帰って熱い酒が飲みたいと、笑い合っていたのを思い出す。 「天下はお前の意のままだぞ!」 ちらつく雪がその場にいた全員の体に積もっていた。腕も足も感覚がなくなっているばかりか、汗が冷えて乾き全身がこおっていた。足の指や手の指など末端の部分は既に凍結しているかもしれない。こうして死んでゆくのだと思った。感覚が、感情が、思い出が、死んでゆく。 「見苦しいぞ、呂布殿」 喋った拍子に、塞がりかけていた口元の傷がまた切れて、鋭い痛みが顔面を走った。痛くて痛くて死ぬかと思った。嘘だ。でも鼻水は出た。 「死ぬ時は潔く死ぬべきであろう」 涙も出た。まったく。最期の最期まで格好いいままでいてほしかったのに、酷い人だ。貴方と云う人は。 END(2012/09/24) 6のあのイベントで泣いてくれなかった張遼が悪い |