!悲恋のようです

君の影になる

 正直に言うとディアルガとパルキア、二匹の力で新たな銀河が生まれた時、あの少女の世界が壊れてしまうと思った。長年の夢が叶い恍惚としている私の耳に届いた少女の声があまりにも悲痛に満ちたものだったから、私の頭も混乱してしまったのだと思う。

 少女はいつも明るく聡明で、彼女のような人間こそ愛されるに値する人間だと思った。だから少女が側にいる時は酷く憂鬱だった。私はわざと難しい言葉や思想を少女に語った。少女は目を真丸くしながら私の話を聞いた。
「見えないものは揺らぎ、消えてしまうものなのだ」
「そうなんですか?」
「そうだ。死んでしまえば、そんなものは全てなくなるのだ」
「そっかぁ」
「……だから私は、全ての感情を殺した」
 少女は小首を傾げて聞いてきた。
「感情も死んじゃうことがあるんですか?」
 その言葉で、彼女がいかに無知で幼い存在であるか、よくわかった。
「……ふん、面白いことを言うな」
 私の嘲笑も、少女には伝わらなかったらしい。無知特有の素直さで、少女は笑った。

 子供は嫌いだった。私の顔を見れば怯えて母親の後ろに隠れるか、泣くか、そのどちらかの子供にしか会ったことがなかったからだ。
 少女が私に対して臆することはなかった。それどころか私のやることに楯突き、立ちはだかった。少女は酷く悲しそうな顔をしていた。湖を爆破して、三匹のポケモンを捕まえた時だった。
「ねぇアカギさん、どうしてこんなことをするの?」
「君には永遠にわからないことだ。君のような幸せに育った人間とはわかりあえない」
「じゃあアカギさんは自分が不幸せだと思っているの?」
「…………」
「私、幸せとか不幸せとかわかんないよ。でもこういう事をするのって、とても寂しいと思う」
 彼女の瞳は、言葉よりももっと多くのことを私に語っていた。感情が空気に乗って伝わった。素直で、正論だった。
「……失礼する」
 私は足早にその場から立ち去った。その時少女が私を引き止めていたら、どうなっていただろうか。そんなことを時折思うことがあったが、私は意識して考えるのを止めた。考えても仕方のないことだったし、私は心のどこかでその答えを知っていて、でもその答えは私という人間を全否定するものだったから絶対に認めたくなかった。

 拡声器を使ったような少女の声が私の耳を突き刺した。つい少女のほうを振り向いてしまい、少女の顔を見た途端、過去の出来事が一瞬で頭の中を駆け巡った。少女は泣いていただろうか? 遠くて表情はよく見えない。
「アカギさ――……!」
「…………」
「待って――さい!」
「…………」
「行か――でくだ――」
 少女の友人のポケモンに攻撃を受けているディアルガとパルキアの呻き声に消されて、少女の声はもう途切れ途切れにしか聞こえなかった。でも、よかったと思う。私は二匹が作り出した宇宙に足を進めた。
 地響きと二匹の苦痛にもがく声が小さくなるにつれて私の宇宙は収縮していった。
 少女との会話を思い出した。彼女は私に、不幸だと思っているのか、と聞いてきたが、そのことに気づけなかったことこそが私の不幸だと思う。例えどんな環境に生まれようと、それは大よそ関係がない。そして彼女の不幸は、私と関わってしまったことだろう。少女は最後まで私の名前を呼んでいた。

 世界が無音になり宇宙の入り口は閉じられた。闇に輝く幾億もの星、本で何度も見た渦巻銀河、マーブルの層をした惑星。見渡せば見渡すほど果てがなくてここにあるもの全てが美しかった。まばたきさえも惜しかった。だが目を凝らして輝く星たちの光を見つめると目の裏側が痛むので仕方なく目を閉じた。それでも瞼越しに感じる光はとても明るくて、まるで私の頭の中で星が光っているようだった。
「……嗚呼、」
 何故かとても眠たい。

END

10/01/06、修正10/01/29