××の嘘 |
出会った当初から、争いのない世界を作ろうという話はしていた。 「子供がうろついているようだな」 赤い鎖が計画通りの物になったからか、ボスは機嫌がいいようだった。口元に薄い笑みを浮かべてエムリットが入っているカプセルを、コツリ、と手の甲で叩いた。内部に気泡がたって、ゆらゆらと上部に昇っていく。それにつられるようにエムリットの口から空気がこぼれた。薄暗い研究室に響く水音はエメラルドグリーンのライトと相まって妙に神秘的だった。 「この後ホールで演説を行い、マーズとジュピターの二人を連れてテンガン山へ向かう」 今後の予定を手短に説明した後、一呼吸置いてボスが言った。 「このビルを建てるとき、地主と揉めたことがあったな」 いきなりどうしたのかと思ったが、ボスはイスに深く腰かけ遠くを見るように壁の一点を見つめていた。疲れているのだろうかと思ったが、あまり過剰に反応して機嫌を損ねるのも嫌だった。 「懐かしいことを思い出した」 今思い出してもえげつないやり方だった。恨まれているだろう。それだけはわかる。そして今日のボスはいつもより口数が多い。(薬でもやっているのかな)一抹の不安が私の心に芽吹く。 「ボス」 ボスの目が私を捕らえ、窪んだ目元の深さにドキリとした。思わず自分の目元に手を伸ばす。 「サターン」 ボスの声が、なんだか深い悲しみを纏っているようだった。いつだったか良い名前だと褒めてくれた、サターンという惑星の名前。 「私は間違ってなどいないだろう?」 自嘲を浮かべたボスの表情に、胸の奥がチリリとくすぶるのを感じた。「当たり前です」と、まるでそれこそが宇宙の真理であると言わんばかりに大きく頷きながら私は答える。 「間違っていません」 チリリとくすぶる。 「ボスは間違ってなどいません」 私は平然としている。 END 10/03/23 |