ゲンさんの家でセックスというものを知った。めちゃめちゃ暑い、夏の日だった。
「あ、エロ本だ」
「あぁ読んでいいよ」
「いや。いいです」
ちゃんと閉まっておいてくださいと突っ返すと、ゲンさんは笑ってエロ本をタンスの中にしまった。ゲンさんの部屋はそこらじゅうに物が出しっぱなしになっていて汚い。ごちゃごちゃしていて、見ているだけでなんとなく疲れる。しかもゲンさんの家にはエアコンがない。あるのは扇風機と団扇だけ。家中の窓を開け放してあるから潮風が抜けて気持ちがいいけど、鋼鉄島には高い建物がないから日当たりがよくて結局暑い。この家にいると団扇を動かすことに夢中になるので大抵のことはどうでもよくなる。だからエロ本のことなんかすぐに忘れた。ゲンさんの家にいると、色々なことを忘れられる。
「ヒカリちゃん、恋人できた?」
ゲンさんが不意にそんなことを言った。
「できないです」
「ヒカリちゃん可愛いからもてるでしょ」
「もてます。正直に言うと、チャンピオンになってからかなりもてます」
「じゃあなんで恋人作らないの?」
ウーン、と考えるフリをした。ゲンさんとはもう長い付き合いなので、逆に言いづらかった。随分昔の話を掘り返さなければいけなかったから。
「笑わないですか?」
「なんで僕が笑うの。笑わないよ」
ギラギラした太陽が時間を止めてしまったようだった。夏の午後は、よくそんな錯覚を起こしそうになる。扇風機がカラカラと音をたてている。カバーに絡まったほこりが、風に煽られて揺れている。
「私ね、ずっと引きづってるんです」
白い天井をジッと見つめると、あの冬の出来事が鮮明に蘇ってくるようだった。同時に、始めて鋼鉄島を訪れた時のことを思い出す。今よりもずっとずっと小さくて何も知らない子供だった。ピンク色のコートを着て図鑑を埋める旅に出た、幼い私。
「ずっと、心配してるんです」
やぶれた世界から戻ってこないあの人のことを、あの時からずっと。
自分から話を振っておいたくせに、ゲンさんはそのことについては何も言わなかった。湿っぽい話をするには鋼鉄島は暑すぎたのだろう。だからそれでも別によかった。私たちは太陽が水平線に顔をかくすまで、何をするでもなくだらだらと暑さをやり過ごしていた。
帰り際バックが重たい気がして中を覗くと何故かあのエロ本が入っていた。本の中では男の人と女の人が、ただただセックスを行っていた。こんな本を読んで何になるのか私にはよくわからなかった。ただ一つ言えるのは、裸で必死になっている姿は馬鹿馬鹿しいということだった。
END
10/04/08
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