寂しい林檎



 めずらしくアカギさんが電話をくれた。「いまどこにいる」と言うから、「別荘に居ます」と答えたら電話はすぐに切れた。
 玄関のドアが乱暴に叩かれたのは電話の不審さを忘れたころだった。「どちら様ですか?」と訊ねると、しばらくしてから小さな声で、「わたしだ」と返事が返ってきた。ドアを開けるとアカギさんが赤い顔をして立っていた。めずらしく酔っぱらっているようだった。近づいただけで、お酒の香りが鼻についた。
 突然のできごとに、嬉しいというよりかは、むしろ困ってしまった。私はもう寝ようと思っていてパジャマ姿だった。
 困惑する私をすりぬけて、アカギさんはベッドに寝転がった。
「どうしたんですか? こんなに急に来るなんて、めずらしいじゃないですか」
 私はベッドのわきで立ち尽くして、いつもと様子の違うアカギさんを見下ろしていた。
「私もう寝ますよ」
「寝なさい、明日は早いんだろ?」
「アカギさんがそこにいたら眠れませんよ」
「そっちの端で眠ればいいよ」
 アカギさんはベッドの壁側を指差しながら言った。私はあきれてしまった。
「泊まっていくんですか?」
「迷惑かな?」
 自嘲気味に笑われると困ってしまう。「迷惑、じゃ、ないですけど……」と言うと、アカギさんは勝ち誇ったように笑って私の腕をひいた。もし私が実家にいても、同じようにこうして訪ねてきてくれたのだろうか。枕元に置いてあったリモコンで電気を常夜灯に変えた。アカギさんは団服のベストだけ脱いで布団に入った。私は、アカギさんの上をまたいで横になった。
 オレンジ色に照らされたアカギさんの横顔は、いつもより優しそうに見えた。
「とうとうお目付け役がいなくなるな」
「うん、寂しい?」
「……どうだろうな」
 アカギさんは体ごと私のほうを向いた。私の顔にかかった髪を耳にかけて、それから髪の毛が絡まないように注意しながら頭を撫でた。私は明日からしばらく旅に出る。シロナさんと一緒に、イッシュ地方へ。
「アカギさん、お酒臭い」
 布団から手を出して、彼の紅潮している頬に触れた。お風呂上りみたいにアカギさんの頬は熱かった。
「きみが子どもだからだよ」
「ねえ、アカギさん、寂しい?」
 私はわくわくしていた。アカギさんは私の頭を撫でていた手を引っ込めた。顔もそらしたかったみたいだけど、私が頬に触れていたから、それはできなかったみたいだ。しぶしぶと「そうかもしれない」なんて、しおらしく答えた。いつもよりうんと素直なアカギさん。私はにやけてしまうのを抑えられない。
 アカギさんは悔しそうに、「きみは共犯者だ」と言った。
「なんのですか」
「私の。世界を変えようとした罪を、きみは人脈と権力を行使して、社会は私を裁けなかった」
「むつかしい話は、きらいです」
「私の部下たちは違う。きみこそ私の共犯者だよ」
「つまり、なんです?」
「つまり、私はきみになりたいんだろうな」
 アカギさんは頬に置かれていた私の手を取って布団の中に戻した。どうしてそれが共犯になるのだろう。私にはよくわからなかった。
「まあいいじゃないですか。アカギさんは、少し難しく考えすぎです。寂しいなら寂しいって言えばいいんですよ。そしたら私は、三か月くらいで一度こっちに帰ってきますから」
「…………」
 布団の中でアカギさんの手を握った。アカギさんも弱弱しく握り返してくれた。アカギさんの手は頬と同じくらい温かかった。シンオウを発つ前の日にアカギさんがこんなにも優しくしてくれるなんて、なんだか眠るのがもったいなくなってしまう。でもアカギさんはもう眠いみたい。目を閉じて、静かに寝息を立て始めている。
「電話するから、ちゃんと出て下さいよ」
「……わかった」
「おやすみなさい」
「…………」
「おやすみなさい」
「……ああ」

END
11/06/05


罪を知って、許して、共有してもらうことで精神的重圧から解放されるそれは、共犯者がいることの安堵に似ている気がする。