落城(敗走前夜)



 息を殺して作る静寂の背徳感さえ愛おしかった。恋とはつまりこういうものなのだろう、とその瞬間に理解した。二人だけで作り上げた秘密の城が、崩壊し始める気配を感じながら。
 君には君の面子があり、私にも同じようにそれはある。
 耳元でささやくとくすぐったそうにヒカリはみじろいだ。蒼く細い髪がヒカリを抱きしめているアカギの手をくすぐる。恋とはなんと子供じみているのだろう、とアカギは思う。互いの行為を反復して繰り返すことで簡単に湧き上がってしまう情念がたまらなく憎かった。そういう稚拙なものが大嫌いだった。唇の端からこぼれる唾液をぬぐってやったのは、その半分が自分のものだったから。アカギは、だから私は行く、と言った。面子のために行くのだと言う。それがいま自分が存在していることを肯定する唯一の方法だった。
 ヒカリはアカギの服に顔をうずめて、背中に回した腕に力をこめた。互いにしてほしいことはわかっているのに、行かないでという一言がないことによって癒着していた心がはがれていった。
 私、きっと勝ちますよ、と苦々しい表情でヒカリが言った。そうだろうな、とアカギは答えた。
 面子って男の人のものでしょう。
 そんなことはないだろう。
 だって私アカギさんの面子のために、いっぱいガマンしてる。
 触れ合い、唇をつける。こんなにも近くにいるのに、やはり心だけが遠かった。廊下を歩く団員の足音が聞こえ、二人はわずかに身をかたくしてその音を聞いていた。ほこりくさい資料室の壊れたブラインドから差し込む月明かりがヒカリの顔の半面を照らし、涙がアカギの手を濡らし、そうして城は落城した。

END
11/07/07
もし二人がテンガン山事件前すでに恋仲だったら死ぬほど萌える。