ふざけた事を永遠とぬかす業者を一喝して考えられる限りの知識と工具をもち、自ら修繕にあたっていると、子供のころのことを思い出した。
壊れたロボットを修理したくて、でもどこが悪いのかわからず途方にくれていた。こんなところで己の無力さを痛感することになるとは、思わなかった。
インターホンの音で我に返り、時計を見るととっくに深夜をすぎていた。こんな時間になるまで機械とにらめっこしていたのかと呆れたのと同時に、こんな時間に訪ねてくるなんて何を考えているんだと、訪問者に対して憤った。扉を開けると少女が「こんなに遅くにすみません」とバツが悪そうに立っていた。
まだあかりがついていたから、きっとアカギさんは起きているとおもって。
少女の言葉は凍てついた漆黒のなかに、白くこぼれた。何しに来た、と問うとポケッチが壊れたと言う。修理してもらえませんか? アカギさんなら、できますよね。
私は、途方にくれた。直せないとは言えず、かといって追い返すこともできなかった。
「上がっていいですか?」
「……好きにしろ」
この少女は誰の家にでも、こうして平然と押しかけるのだろうか。
少女は自分で買ってきたココアを飲みながら、最近あったできごとをしゃべっていた。しかしどの話にも大したオチがないので、話はすべて聞きながした。
基盤をとりだし専用の機械につなげ、電流の流れのおかしなところを調べていく。
もしかしたらこのポケッチはなかなかやっかいな壊れ方をしているかもしれない。いやな予感がした。部品の替えが必要ならば、物置代わりの一室をかき分けて探さなければならない。
そんな風に考え事をしていたら眼前に少女がいて、驚く私を尻目に工具に触れた。
「バカッ、返しなさい」
「えへへ……」
コンセントにつながっていた工具の先端は熱く、少女の手から工具をひったくった際に触れたらしい指先が、赤くうずくように痛んだ。
少女はそれに気づかなかった。
「アカギさん、ナギサシティに行ったことはありますか」
なぜそんなことを聞くのだろう。
「今日ノモセシティに向けて出発したんですけど、途中の道路におじさんが立ってて、なんでもナギサシティでものすごい停電がおきたそうですよ」
少女に、悪びれる様子はない。
「原因は何なんですかね? テレビでも言ってませんでした」
「……だからどうした」
「アカギさん知ってますか?」
「私が知っているわけないだろう」
吐き捨てるように言ったが、少女は口をとじない。
「あ、今日デパートで限定品のチョコを買ったの、すっかり忘れてました」
少女はカバンから派手な包みを取り出した。どうするのか見ていたら、滑るような手つきでそれを開封し、中身を私の口元に持ってきた。
私が口を閉ざしていると、「食べてください」と強要した。
アカギさんのお腹なってますよ。
「いらん」と顔をそむけたがそれを追って少女が身を乗り出してくる。小さく丸い菓子の香りが鼻孔をついた。
おもわず。
その言葉がぴったりだった。自分が何事かを大声で叫び、その叫び声ではじかれたように我にかえると、少女の体が修理していた機械の上に飛んでいた。手のひらが痺れるように痛い。少女をぶったのだ。その事実に気づいた瞬間、いっきに血の気がひいて、寒くなった。
「……ヒカリ」
「……いてて」
「すまないヒカリ。大丈夫か……」
「はい……」
少女は悠然と身をおこしたが、私は気が気ではなく、少女の露出していた腕をとり、傷がないか丹念に探した。
どこにも傷はなかった。
「あの、ごめんなさい。アカギさんの嫌がるようなことしちゃって」
「やめてくれ。謝るのは私のほうだ……すまなかった。私は、なんてことを……」
散乱する工具、ばらばらになった電子機器たち。
子供のころのことを思い出した。自分があの頃から何一つ変わっていないような気がして――あの頃からもうずいぶんと経っているというのに――情けなく、落ち込んだ。
泣きたくないのに涙が出そうになる。
これも、あの頃と同じ。
父と母の姿が脳裏にうかびかけ、あわてて目をつぶり頭をふった。
そんなんじゃない、きっと、こんな思いをするのは『こころ』や『かんじょう』というものが存在するせいに違いないのだ、それ以上も以下もない、人間という存在がおろかなせいだ。きっと。
「ヒカリ、本当に悪かった」
「わたしこそごめんなさい」
「申し訳ない」
「もういいですよ」
「許してくれ」
「はい、もちろんです」
「…………」
「……アカギさん?」
「……君は、私に、殴られたのだぞ……そんな簡単に許すんじゃない」
少女は絶句した後に、「じゃあどうすればいいんですか」と呆れていた。
自分でも馬鹿だと思う。あの頃のことを許せていないのは、私のほうだというのに。
END
(2012/03/03)
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