アカギを探しにいくと言ってギンガ団を去ったマーズはサターンが忘れた頃にひょっこりと姿を見せにやってきた。成果報告という名目らしいが成果など上がった試しはなく(アカギが見つからないのだから当たり前だが)、大抵旅費が不足してそれをサターンからカンパしてもらう為にやってくるのだった。
 サターンは別に金など幾ら渡しても構わなかったが、でもそれだけでは何だか悔しいのでマーズがトバリシティのアジトを訪ねてくる度夕飯に誘いマーズの体を求めた。
 彼はマーズが好きだった。奔放で自由な反面、繊細で傷つきやすい、傷つきやすいのに自ら危険なものに近づいては傷つくところが放っておけなかった。それをサターンは『恋』と呼んだが、マーズはそうは思っていなかったので、これは彼の一方的な片思いである。
 マーズにとって『恋』とは何なのか。訊いたことはなかったが、きっとマーズのいうところの『恋』とは心臓が高鳴り脳みそが機能しなくなって感情が暴発するような幸福感を覚えるものなのだろう。身を貫くような刺激。それをもたらす相手と云うのが失踪したアカギだと云うのだから自分たちの関係は救いようがない、とサターンは自虐的になってタバコばかり本数が増える。隣で寝ていたマーズが上半身を起こし「あたしも」と言って手を出したので、吸いかけをさし出したら「いやだ」といって笑われた。箱とライターを手渡したが、渡してからマーズが求める男ならヤニを口に含みキスでもしたかもしれない。そんな妄想がサターンの頭のなかに浮かび怒りがこみ上げた。馬鹿馬鹿しい。そんなこっ恥ずかしい、ガラにもないこと。できるはずがない。

「そうそう。この間ジュピターとご飯行ったんだ。めずらしいでしょ」
「ああ」
「成果報告会とかいって会ったんだけど、まあ何にもなかったからただご飯食べて帰ったの」
「そうか」
「ねえ。ジュピターがね、あたしとサターンお似合いだから付き合いなさいって言ってたよ」

 睨み付けるとマーズはおどけたように肩をすくめてタバコをもみ消した。
 あーあ、アカギさまどこにいるのかなー。そうぼやいて、マーズはくたびれたというように枕をかかえて寝転んだ。白い背中がランプシェードの灯かりに照らされて橙色に燃えている。
 マーズの背中に羽の絵がある。サターンはそれにいま初めて気がついた。今まで数回体を重ねているがマーズの背中側を見たのは初めてだった。自然と絵に手がのびる。羽のうえに指をすべらせてみたがなんてことない皮膚。肌で安堵する。

「あ。あぁそれ」
「いれたのか」
「ちっちゃい頃にね。おとうさんとおかあさんがいれたの」
「両親が? お前に?」
「うん」
「信じられない」
「どうして?」
「どうしてって……」

 答えられないサターンにしびれを切らしたようにマーズが言う。

「親が子どもに入れ墨したらヘン?」
「ヘンだろ。ふつう」
「どうしてヘンなの? あたしこのマーク気に入ってるの。天使みたいだしかわいいでしょ」
「お前ほんきでそう思ってんのか?」
「思ってるよ。おとうさんとおかあさんは、あたしのこと思ってこうやってかわいいマークいれてくれたの。おとうさんとおかあさんに感謝してるの。ねえそれってちっともヘンなことじゃないでしょ」
「ああ、わかったよ。でも、痛かっただろ?」

 サターンの問いにマーズは一瞬ひるんだ。うーんとかえっととか頭がわるそうに悩んで見せて、少しね少しだけね、と言いながらその当時の気持ちを確認するように数回小さく頷いた。
 その時サターンはマーズの云う『恋』が少しだけ理解できた。マーズが進んで危険なものに近づいていくのはきっとこの背中の羽のせいなのだろう。背中の羽が、愛されたい、大切にされたいと叫んでて、でも毎回期待通りにはならなくてマーズ自身が傷つく羽目になっている。
 そんな彼女を哀れに思った。マーズのために何でもやってやりたい気持ちになってしまう。だからサターンはまたアカギ探しに行くというマーズに経費として十分すぎる金を渡してしまう。金がなければマーズはずっとサターンの側にいるかもしれない、けれど彼女の期待にせめて自分だけでも応えてやりたいという奉仕的な気持ちになってしまう。
 背中の羽を、恨めしい気持ちでにらんだ。


END
(2013/06/10)