淡恋 TITLE BY loathe デレるトウコちゃん


ヒウンシティは冬だった。陽が暮れるのが早くなったぶん往来の人々は自然と駆け足になっている。それは単純に寒いからだと、Nは思っていたがなるほど――こういう目にあわないように気をつけているからなのか。そう他人事のような思考が脳裏にうかんだ。
にぶく痛む腹部をかばい、うずくまっていると鉄製のゴミ箱が飛んできて頭にあたった。冷たいコンクリートに冷やされながら前のめりにうずくまる。目のまえに火花が飛んだのは初めてだった。こんなに品のない笑い声を聞いたのも、初めて。
――耳をふさいで。
せっぱつまった声が直接脳内にふってきた。
咄嗟に耳をふさぐと、辺り一帯にテレキネシスの類の音が響く。高音で耳をつらぬく、するどい音が、強弱をつけて脳みそをゆさぶった。暴漢たちは悲鳴をあげた。平衡感覚をいちじるしく低下させ、つよい吐気を誘引させるエスパータイプのポケモンの技だろう。ほんらい人間への攻撃は倫理観に反するものだが、この場合はしかたないとNも思った。
強風が路地をかけぬけて、周囲にちらばったゴミといっしょに、男たちはとおりの向こうまで吹きとんでいった。
「なにやってんのさ、こんな時間に」
さきほどの声の主であるランクルスと強風をまきおこしたハトーボーをモンスターボールに戻しながら、トウコはもう耳ふさがなくていいよと言った。
「トウコ? 何でこんなところにいるの」
「それはこっちの台詞。夜はこの辺うろつかないほうがいいって知らないの」
「知らなかったよ。ぼくは、寒いからみんな外に出ないんだと思ってた」
「お前ほんとに頭のなかおぼっちゃまだな」
ふたりでポケモンセンターまで歩く。ジョーイさんに怪我の手当てをしてもらう最中、どうしてポケモンを出さなかったのかと訊かれ、当然のように、ともだちを危険な目にあわせたくなかったとNは答えた。ジョーイさんは感動していたがトウコは呆れていた。お前、そのうち死んじゃうんじゃない? と、にべもなく言う。
Nはその日ポケモンセンターに泊まった。トウコも泊まったようで、翌日Nがポケモンセンターから出るとついてきた。
「どっかで朝ごはん食べようよ」
「いいけど、トウコはどこに行くの?」
「別にどこって事はない、ただブラブラしてるだけ。でも、お前、アタシがいなきゃ、しょうがないから」
トウコは、帽子を深くかぶりなおした。表情が見えないからなんと言えばいいのかわからなかったが、とりあえず昨日のおれいに朝食はご馳走しよう。そう思い、Nはトウコの手をとってファストフード店にむかう。

END(2013/09/08)