※ 死ネタ注意


 破れた世界で足を投げ出して座ってるアカギに、ヒカリは「見つけました」と声をかけた。努めて明るく、それは外の世界の様子を自分を通じて知ってもらうためだ。
「こんなに下のほうにいるなんて思いませんでしたよ」
 アカギの腕を引き、無理やり立たせた。思いのほかアカギは素直だった。ヒカリに手を引かれ二人はこの世界の出口に向かって歩き出す。

「お腹すいてますよね?」
「いや」
「ムリはいけません。モーモーミルクをどうぞ」
「腹はすかないんだ。それに、もうそんなことどうでもいい」
「いらないんですか? おいしいのに」
「なら、それは君が飲みなさい」

 相変わらず目は虚ろだったが、アカギの足取りはしっかりしたもので、それはヒカリを安堵させた。
 宙に浮いている光の中に入る、そうすれば向こうの世界にもどれる、とヒカリは言った。目がつぶれそうなほど強く、それでいて優しい光が二人を照らしていた。アカギは静かに首を横に振った。

「無理だ」
「だいじょうぶです、私もここから入ってきたんですよ」
「そうじゃない。私はいけない」
「皆のことなら心配しないでください。私が説得してきましたから、アカギさんのこと、もう誰も怒ってませんよ」
「…………」

 アカギはヒカリの手を引いて俯いた。自信がないようだった。

「心配しないでだいじょぶですよ!」

 ヒカリは明るく声をかけた。アカギの眉間に寄る皺を、背伸びをしてなでてやる。

「そんな顔しないで、前を向いてください」


 ヒカリは辛抱強くアカギが動くのを待った。



「……もう、どうでもいいか」



 アカギが諦めたように前を向いた。体の力を抜いたアカギの手をヒカリが引いて、ふたりは元の世界に戻っていった。

 再び視界を取り戻すと、目の前には輝く泉。ふたりの足元には白い花が咲き乱れている。風が草花を揺らし、アカギはその場に倒れこんだ。ヒカリはアカギがふざけているのだと思った。アカギは苦しそうに胸を押さえている。

「アカギさん?」

 どうしたのか、と尋ねてゆさぶっても、アカギは返事をしない。切れ切れに呻き声があがる。

「いま、だれか呼んで、」
「いい、いらない」
「でも……」
「いいから」

 ヒカリの手を強く引いた。若草がアカギの頭の下でつぶれている。大丈夫、というアカギの言葉をヒカリは信じた。

「私は、一体何のために生まれたんだろうな」
「何のため?」
「今となっては、全てに意味がなかったと思うよ」
「そんなこと、ないですよ」
「……君にはわからないよ」
「そんなことないです。それに、今わからなくてもきっとすぐわかるようになってみせます」

 ヒカリは力強く言った。アカギは顔を歪ませて、「それでは遅い」と嘆いた。アカギは泣いていた。心臓の動きはきまぐれで、今にもその仕事を止めてしまいそうだった。自分におしげもなく好意を示してくれる少女とアカギの思考はあの時から何も変わらない。平行線だ。アカギの心中を察するに、ヒカリは幼すぎた。
 ヒカリはアカギの異変を誰かに知らせるため走った。白い花がアカギの頭上で揺れている。「君が悪いわけじゃない」風にのって時が静かに流れていた。「所詮他人の苦しみなんて、誰にも分からないのだから」

 この永遠に続きそうなほどの苦痛も、もう終わる。
 重力さえ理屈に沿わない、あのやぶれた世界では止まっていた病が、再びアカギの体を蝕んでいた。どうせならこの世界と心中したかったのだが。彼の夢――野望というのか――は終ぞ叶うことはなかった。誰でもそうだが、人はきっと、永遠にひとりだ。最期の最期にアカギはそう確信していた。

 風が一瞬強く吹き、花は揺れ、水面もさざ波だった。だがそれもすぐに止まり、泉は元の静けさを取り戻す。