「失礼する。アカギはいるか」

ノックもせずに、ギンチヨさんは障子をスパーン! と開けた。
中にいたのはハンベエさんとカンベエさんのふたりだけで、当てが外れたギンチヨさんが障子を閉めようとしたけど、ハンベエさんが素早く立ち上がってギンチヨさんの後ろに隠れているわたしを見つけ喜んでいた。

「わー! ヒカリちゃんどうしたの、その着物」
「ギンチヨさんの昔のものを貸してもらったんです」
「すごく似合ってるよ! ね、そう思わない、カンベエ殿」
「ふむ。確かに、いつもの肌を露出した服装よりかは慎ましくてよいな」
「可愛いよーヒカリちゃん。それで、アカギさんに見せようと思って探しているの?」
「えっと……あの……」

探しているのはわたしじゃなくてギンチヨさんなんです。

「あの男を見かけたらわたしの元に来るように伝えてほしい」
「それはいいけど。どうしてだか、訊いてもいい?」
「ああ。あの男は男としての責任を放棄している。タチバナはそれを許さない。きちんとヒカリを嫁にとり、責任を果たすこと。その為の準備が必要ならばタチバナが手を貸してやるから、一度わたしの城に来るよう伝えてくれ」
「ふーん。いいよ。アカギさんを見かけたら言っておくね」

頼む、と礼を述べて、ギンチヨさんはまたわたしの手をひいて歩き出した。
わたしが振り向くとハンベエさんが部屋から上半身を出して手を振っていたのでわたしも軽く手を振った。


+++


「さて、ギンチヨさんは去りましたよっと」

ハンベエが部屋の障子を閉めると、奥の部屋に続く障子がわずかに開き、静かに、物音をたてぬようアカギが部屋に入ってきた。

「アカギさん。ギンチヨさんが城に来てヒカリさんと祝言をあげろって言ってたよ」
「……聞こえていた」
「だよねー。でもオレ、確かに伝えたから」

アカギは恨めしそうにハンベエをにらんだが、ハンベエは堪えずにやにや笑いを浮かべている。
我関せずと書物を読んでいるカンベエだったがちらりとアカギのほうを見た。
視線に気づいたアカギがなんだと訊くと、カンベエは言おうか言うまいか迷うようなそぶりを見せた。

「言いたいことがあるのならこの際はっきりと言ったらどうだ?」
「いや……よもやとは思っていたのだが、親子ではなかったのだな」
「…………」
「アカギさん墓穴掘ったね。いま」

またハンベエがにやにやと笑った。
ふたりがそういう関係だったことに少なからず驚いているカンベエに、アカギは誤解だと首を振った。

「私と彼女は決して君たちが考えているような関係ではない」
「そんなことはわからないよ? 証明できないもん」
「確かに、できない。そう思われても仕方ないが、彼女が勝手に私についてきただけなんだ」
「ふんふん。なるほどね。押しかけ女房を娶るつもりはない、ってわけか」
「そうだ」
「でもさ、ギンチヨちゃんは、そういう態度が無責任だって言ってるんだと思うよ? 言っておくけど今の言い訳あの子には通じないからね」

我が道を行くギンチヨならば、顔を合わせた途端強引に式をあげようとどんな手でも使ってくるだろう。
彼女の夫であるムネシゲも飄々としながら事を荒立てる性格の為、ふたりがそろってしまうと非常にやっかいである。
サクロンの客将という身分のアカギにとって、配下のブショーと顔を合わせずに済む方法は皆無であり、サクロンによる軍議や会合などが開かれた場合いったいどうすればいいのか皆目見当がつかず頭を抱えた。

「……クッ。私はいったいどうすれば……」
「ふふふ。悩むといいよー」
「力を貸してやらぬでもない」

カンベエの意外な進言に、アカギはパッと顔をあげた。

「ほんとうか?」
「ああ。ヒデヨシ様をたてればいくらギンチヨとて好き勝手にはふるまえまい」

つまり、ギンチヨより弁の立つヒデヨシに何とかしてもらえるように自分が頼んでやろう、という話である。
ギンチヨと同じ一国を預けられている立場のヒデヨシならば発言力も強く、また君主であるサクロンにギンチヨの行いを止めさせるよう進言してもらうことも可能だ。

「ようは卿が彼女を娶りたくないのであろう。それならば、彼女に他の男をあてがってしまえばいい」
「…………」
「その他の男って、まさかヒデヨシ様じゃないよね?」
「ヒデヨシ様が望むのなら、それもよいのかもしれないな」
「私は、何もそういうことを言っているのではない」

あの年齢の人間はまだ知的に未成熟であるから祝言だのなんだのをあげるという判断力に欠いているし、元来私は結婚という制度について疑問を抱いており云々……とアカギは語ったが、主題を変える為のむなしい発言であることは明らかだった。
あーあ、アカギさんってほんと素直じゃないよね。とハンベエは呆れて畳に寝転んだ。
哀れな男だ。とカンベエは胸の前で十字をきると両手を組んで神に祈っていた。
もうこの際仏門に下ろう。
この状況から逃げるためならば、なんだって頼りたい気分だった。


END


神も仏も助けてくれない。Byアカギ
2016/12/13